Sunday 13 March 2011

大震災お見舞いと国際フェアでのボランティア

Condoleances au gens du Nord-Japon qui a subi un desastre  

この度の東日本大震災で被害にあわれた方々へ、心よりお見舞い申し上げます。
いちブロガーとして、普段は自己満足型ブロガーをしておりますが
本日はやはり、チュニジア関連ネタから逸れさせて頂きます。

被災した人が「この世の終わりかと思った」とテレビのインタビューで答えてらっしゃったのを見て、私も阪神淡路大震災で被災したとき、激しい揺れの中で同じように感じたのを思い出しました。

15年前のあの夜、私はベットの中で覚醒し(なぜか異常な頭痛にみまわれ)ていたので、かなり怖い思いをしたのですが、この度はその比ではない、ということ!テレビを見るたび、どんどん惨状が明らかになっていき、ゾっとしてどうしたらいいのか分からなくなります。こんな近いところでこんな悲惨なことが起こっているなんて、もう夢かうつつか分かりません。。北アフリカのチュニジアやアラブの国々の国家混乱の様子も信じられなかったのに。
被災した方々には本当にお気の毒です。どうかおひとりでも多く、早く無事に救出されますように、お祈り申し上げます。

このブログで自身のプロフィールに「驚かされるような出来事を見たい、知りたい」と書いておりましたが、自分の浅はかさを思い知りました。瓦礫や泥の中に埋まっている人のことを思うとイノセントに不謹慎な気持ちでいる自分が恥ずかしい!

ところで昨日は、地方都市主催の国際フェアのイベントに、予定通り、ボランティアのスタッフとして参加して参りました。(本来、昨日・本日の2日間開催の予定でしたが、プレイベント扱いであった昨日はかろうじて開催、メインイベントの本日はやはりキャンセル)。皆が不安な気持ちを抱えつつ、イベントに参加することに少し罪悪感を感じつつ・・・。そして会場は犠牲者を悼む気持ちで大きく包まれました。

特に「外国人スピーチ大会」では、参加の外国人スピーカーの人たちも、それぞれに準備した原稿内容の上に、急きょこの度の地震災害への支援の気持ちを表わして下さいました。外国人学校のカ●●ィアンアカデミーの生徒さんは「週明けでも、学校で募金をして被災地に送りたい」と助け合いの気持ちを発表し、サモアからの留学生は「私もサモアの津波で友人を失った。神戸に居ると直接支援できないのが悔しい」とスピーチして、産経新聞関西版(ペーパー紙)もとりあげてくれました。

外国人の皆さんから、このように敏感な反応を頂けたことには感激しました。外国の方は日本人よりオープンマインドで表情(表現も)豊かなところが、こういうとき大きな慰めとなるようにも思います。お越し頂いた方々に大変好評だったようです。このタイミングこその、開催意義があったものと感じられ、ボランティアとして大変嬉しく思います。イベントの決行はやはり正しい判断だったのだと。更にこれは、「決行の英断」を下した実行委員の方々に心意気があってのことと、捉えさせて頂いております。

ネット上で地震への支援を語り合うのも良いことですが、実際に生身の人間同士が顔を合わせ、支援の気持ちを分かち合うことは、素直に意義があることだと感じた次第です。

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Sunday 6 March 2011

ゴミ感覚@チュニジア 

Mademoiselle Phi-Phi(?) a apparu dans le TV programme 'Comite de Takajin de bavarder n'importe quoi "

本日放送の、関西が誇るバラエティー番組「たかじんの何でも言って委員会」で、ゲストのエジプト人、フィーフィーさんもお話しになっていましたが、カイロのエジプト人たちが、「デモ」という戦いの終焉を見届けたあと、自発的にタハリール広場の掃除をしていた野を見て、本当に素晴らしいと、私も思いました。
そして、掃除が終わった後、その場所で改めてお祝いのお祭りも催してました。
私はまた、この運び、この順番が素晴らしいと感じます。

愛国心の前には国民はみな、とても純粋な気持ちになれるのですね。

チュニジア人も同じでしょう。
お掃除をする? 自発的に? 
・・・でも、道路に平気でゴミを捨てている人をチュニジアで何度か見かけたので、なんだか想像しにくくて・・・(場所にもよりますが)。
ある日私がメトロ(庶民の足である路面電車)に乗っていた時のこと、目の前の中学生くらいの少年がメトロの窓から何か投げ捨てました。誰も注意しないので、私は一番近くに居たこともあり、「私が言ってもいいはず」と、とっさに注意してしました。その子は少しだけバツが悪そうにしたのを憶えています。

あ、でもアフリカ大陸の国々全体に言えることらしいのですが、もともと、自然の土に返すという意味で食べカスなど投げ捨ててきた習慣があるとのこと(でも今はアスファルト)。しかもこちらの空気は乾燥しているせいか、道に落ちてる生ゴミが日本と違って全然匂わず、なかなか腐りません。ハエもそんなにタカリません(なのに食事してる時は食べ物にタカッてくる、ずうずうしい・・)。だからかどうか知りませんが、捨てられたゴミをある程度集めてまとめておいて、そのまま放置しているのをよく見かけました!そうか、だから衛生的に問題視されにくいのかもしれませんね。

しかし匂わないことの弊害もあります、せっかくの美しい花たち(バラなど)もあまり匂いませんでした。これもやはり大気の湿度や気圧が関わっているとのこと。2年ほど前日本で開催された「チュニジア カルタゴ展」の記念講座を聴きに行ったとき、国際アロマニスト協会のケミリー園子先生にご質問させて頂き、これを確かめさせて頂きました。だから、ジャスミンやネロリなど強い匂いのものは香りますが、微妙な香りはというと、あまり感じることがなかったように思います。

話が逸れましたが、もちろんチュニジア人はあの古代カルタゴ軍の末裔として、エジプト人に勝るとも劣らないほどの愛国心とプライドの持ち主のはずです。ただ、指導者如何によって、国民の生活風紀も変わるものではないかと思います。前の崩壊したBen Ali政権下、大統領たる指導者がマフィアまがいでは、国民も価値観や規律を守るのは難しかったことでしょう。そうしたことは何かと影響されるものです。やはり大統領たるもの、国民のお手本になるような人物、真のリーダーとなれる人になってほしいものですね。

勿論我が国日本も同様、良きリーダーが必要です。

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